口から「食べる」動きを知ろう ― 食支援の現場から④

執筆:五島 朋幸(歯科医師)
口から食べることは、当たり前のことですね。小さいころから何となくできるようになっていて、そんなに難しい動きではないように思えます。
現代社会で高齢化が進んでいることは皆さんご存じだと思いますが、「口から食べられなくなっても生きられる世の中になった」ということはご存じでしょうか。
動物である限り、何か栄養を取り入れなければ生きてはいけません。つまり、かつては口から食べることが難しくなれば、それは死を意味していたのです。
ところが医療の進歩により、口から食べることが難しくても生きられるようになりました。たとえば胃ろうです。胃に穴をあけてチューブを通し、そこから直接栄養を流し込むことで、食べていなくても生きることができるようになったのです。
医療の進歩は、ときに厄介な問題も連れてきます。口から食べていないのに生きられる状態を生み出したのです。このような状態の方すべてが「生かされている」と言うつもりはありません。しかし、ほとんど意識もなく、胃ろうによって生命が維持されている状態を「生きている」と言えるのか――という問いがあるのです。
こういう時代だからこそ、口から食べること、そして生きることを、もう一度考え直してみましょう。今回はまず、口から食べるという動きを少し分解して解説していきます。
食べ物を認知する
まず、目の前に食べ物があります。最初に、それがお皿や文房具ではなく「食べ物である」と認識しなければなりません。
目の前のお茶碗に、白いご飯が盛ってあります。もちろん皆さんは、それをご飯だと分かりますよね。しかし、まったく違う文化の国からやってきて、お茶碗もお米も知らない人の前にポンとお茶碗を置いたら、どうするでしょうか。
匂いをかいだり、指で触ったりするでしょう。もしかしたらお茶碗を少しかじったり、なめたりするかもしれません。そして恐る恐るご飯を口に入れてみて、ようやく食べられるものだと認識します。
私たちは食卓にご飯が並ぶと、瞬時にそれを食べ物と認知します。だからこそ口に入れるのです。
実は、逆の場面もあります。認知症(特にアルツハイマー型)の症状が出た方では、食べ物を食べ物と認識できずに口に入れなかったり、箸でお茶碗の絵柄を食べようとこすったりすることがあります。
皆さんも、精巧な食品サンプルなら間違って口に入れてしまうかもしれません。それは、これまでに得た視覚情報から「これは食べ物だ!」と判断したということなのです。
口から食べるための最初の一歩は、それが食べ物であると認知することなのです。
噛むためには舌が重要
食べ物を口に入れるとき、少量であればそのまま口の中に入りますが、大きければ前歯で食いちぎるという動作を行います。
歯科でいう前歯とは、上下左右それぞれ真ん中から数えて3本目まで、いわゆる糸切り歯より前の歯のことです。
お気づきかもしれませんが、前歯と奥歯は形が異なります。これは役割の違いによるもので、前歯は噛み切るため、奥歯はすりつぶすための形をしています。
口の中に食べ物が入れば、あとは噛むだけ――ではありません。まず、奥歯の上に食べ物を乗せなければなりません。これが舌の役割です。
下顎は上下運動と多少の左右の動きをしますが、口の中で食べ物をコントロールして動かすのは舌です。下顎が上下・左右に動く中、その動きに合わせて舌も動き、食べ物がうまく奥歯の上に乗っているようにコントロールしています。同時に頬と協力して、食べ物が歯の上から落ちないようにもしているのです。
舌の働きは本当に重要で、舌の動きや力が弱くなると、固形物が噛めなくなってしまうこともあります。
では、噛むことの目的は何でしょうか。実は、小さくしたり軟らかくしたりすること自体が目的ではありません。飲み込める形にすることが目的です。これは単に軟らかいだけでなく、ある程度まとまった状態だと考えてください。
言葉で説明するよりも、ご自身で試してみるのが早いですね。何かを口に入れて噛み、飲み込む寸前の状態――それが「飲み込める形」です。
飲み込む動きは「交差点」
噛むことで飲み込める形になった食べ物は、口からのどへと送られていきます。
このまま食道に流れていってくれればいいのですが、ここにも大きな問題があります。なんと、食べ物が流れていくのどには2つの通路があるのです。ひとつは、もちろん胃や腸への入り口である食道。もうひとつは、呼吸をするための気管です。
皆さんも経験があると思いますが、急いで食べたり、タイミング悪く声をかけられたりしたときに、食べ物が気管に入ってゴホッ、ゴホッとむせることがあります。交差点の信号が正常に働き、車がその指示に忠実に動いていれば事故は起こりませんが、ブレーキが遅れたり、黄色信号で突っ込んだりすると事故が起こる――それと同じです。
実はこの食道と気管、普段は両方の入り口が開いているわけではありません。気管の入り口だけが開いていて、食道の入り口はつぶれています。つまり、食べたり飲んだりしていないときののどは、呼吸のための通り道になっているのです。
飲食をして食べ物がのどに入ってくると、次の2つの動きが起こります。
食道の入り口がグッと開く
気管にふたがされる
これによって、食べ物が気管に入らず食道へ進むよう守られているのです。うまくできていますね。
ところが、食道の開きが悪くなったり、ふたをするスピードが鈍ったりすると、食べ物が気管のほうに流れていってしまいます。これを誤嚥(ごえん)といい、このようなことが起こる障害を嚥下障害といいます。
まとめ
いかがでしたか。日ごろ何気なく行っている「食べる」という行為が、実はとても複雑な動きの連続であることがお分かりいただけたと思います。
裏を返せば、「口から食べられない」原因はひとつではない、ということです。原因を正しく見きわめ、適切なケアができれば、再び口から食べられるようになることもあります。
執筆者 五島 朋幸(歯科医師)
1965年広島生まれ。1991年日本歯科大学歯学部卒業。1997年に訪問歯科診療に取り組み始める。2003年 ふれあい歯科ごとう代表。博士(歯学)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授、日本歯科大学東京短期大学歯科衛生士科講師、東京医科歯科大学非常勤講師ほか。新宿食支援研究会代表。2003年よりラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」のパーソナリティーを務める。著書に『口腔ケア○と×』(中央法規出版)、『訪問歯科ドクターごとう① 歯医者が家にやって来る!』(大隅書店)など。(プロフィールは執筆時点のものです)
※本記事は、医療・介護の専門職による寄稿を当社編集部で再編集したものです。内容は執筆時点の情報にもとづく一般的な解説であり、症状や状況には個人差があります。具体的な判断は、かかりつけの医師・歯科医師・薬剤師などの専門職にご相談ください。




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