最期まで口から食べるために、訪問歯科を利用しよう ― 食支援の現場から②

執筆:五島 朋幸(歯科医師)
そもそも、歯医者の役割とは何でしょうか。「歯が悪いときに行くところだから、歯や歯ぐきを治す役割でしょう」と思われるかもしれません。私たち歯科の目的は、「口腔環境を整え、口腔機能を維持・向上させること」です。もちろん審美歯科のような分野もありますが、本来の目的は、あくまで「環境」と「機能」をみていくことなのです。
では、口腔環境を整えるとはどういうことでしょうか。実は、皆さんが想像する歯科治療がすべて含まれます。歯が痛いのでむし歯の処置をした、歯がぐらついているので歯石を取って歯周病の治療をした、歯が抜けたので入れ歯を入れた――これらはすべて、口腔環境を整えることです。こうして環境を整えることで食べる機能を回復させるのが、歯科の役割なのです。
外来診療と在宅医療
歯科診療にも、外来診療と在宅医療があります。私自身、歯科医師になってからずっと外来診療を続けていますし、20年以上にわたって在宅での診療も続けています。機器の進歩もあり、在宅医療でも外来診療と遜色ない診療ができるようになってきました(医療機関がそろえている機器によります)。
では、在宅医療とは「診療室に通えなくなったから、自宅や施設で同じ診療をすること」なのでしょうか。実は、そう単純なことではありません。
医科でもそうですが、外来診療の目標は「病気を治すこと」です。歯科でも、口の中で起きている問題の解決が最優先になります。
一方、在宅医療の大きな目的のひとつは「生活を支えること」です。在宅医療の対象となる方は、通院が難しい体調の方です。さまざまな病気を抱えているために、抜歯などの外科的な処置が難しいケースもあります。また、歯や顎の位置が大きくずれていることもあります。その中で、いかに清潔を保ち、快適に生活できる口にしていくかが目標になります。
意外と忘れられがちなのが、経済的な側面です。在宅医療では、外来の診療費に訪問時の加算などがつくため、費用が割増しになります。訪問の回数を必要最小限にすることも考えなければなりません。
往診と訪問診療
「在宅医療」「訪問診療」「往診」という言葉は聞いたことがあると思います。どれも医療者が診療室を出て診療することのように思えますが、それぞれ定義が違います。実は「在宅医療」という大きなくくりの中に、「訪問診療」と「往診」があります。
往診は、診療上必要があると判断したときに、予定外に患者さんの自宅などに出向いて行う診療です。歯科でいえば、「父の総入れ歯が割れて噛めなくなりました!」といった連絡を受けて、臨時で診療にうかがうようなケースです。逆にいえば、入れ歯がきちんと治って問題がなくなれば、そこで終了となります。
これに対して訪問診療は、病気などで通院が難しい方に対し、あらかじめ診療計画を立て、患者さんの同意を得たうえで、定期的に住まいに出向いて行う診療です。たとえば、口から食べることが難しくなっている方のもとに2週間に1度訪問し、訓練をしたり、実際に食べられるものを評価したりするといった具合です。
実際の現場では、往診と訪問診療が完全に分かれているわけではありません。訪問診療を続ける中で、ある日トラブルが起きて往診する、というように混在しています。
歯科の在宅医療に求められる3つの役割
歯科の在宅医療に求められているものは、大きく3つあります。
歯科治療:診療室と同様に、歯科的なトラブルに対応します。
口腔ケア:介護保険の施行以降、在宅高齢者の口の中は清潔になってきましたが、まだ十分に浸透しているとはいえません。実際のケアを行うだけでなく、介護の現場に口腔ケアを浸透させる役割も担っています。
摂食嚥下障害への対応:地域の中で対応できる職種が少ない中、主力として期待されています。
歯科への依頼で多いのは、入れ歯の不調です。私が在宅医療を始めたころの対象患者は明治40年代から大正一桁生まれの世代で、当時から入れ歯のトラブルによる依頼が多く、そのほとんどが総入れ歯でした。しかし近年は「8020運動」などの成果もあって自分の歯が残っている方が増え、多くの方が部分入れ歯を使っています。
そうなると、残っている歯や入れ歯の治療、残っている歯の口腔ケアが必要になります。そして入れ歯の不調の多くは「噛みにくい」という訴えなので、摂食嚥下の機能もみていくことになります。つまり、ひとりの方に対して、3つの役割すべてを担うことになるのです。
地域の摂食嚥下障害には、まず歯科を
口から食べることが難しくなる障害、いわゆる摂食嚥下障害について、教育課程で学んでいるのは誰だと思いますか。実は、歯科(歯科医師・歯科衛生士)と言語聴覚士、そのほか耳鼻咽喉科やリハビリテーション科の一部の医師に限られます。
そうなのです。在宅の主治医に「口から食べることに問題がある」と訴えても、対応できないことがほとんどです(もちろん、すべての医師がそうではありません)。対応法やケアを知らないまま栄養を補給することになるため、胃ろうなどが増えてしまうのです。
では、歯科と言語聴覚士を比べてみましょう。どちらも訪問している人数はまだ十分ではありませんが、言語聴覚士は「ほとんどいない」というレベルです。また、言語聴覚士による評価やリハビリテーションには医師の指示が必要なため、医師からの依頼がなければ訪問できません。
歯科の最大のメリットは、摂食嚥下の機能を評価できるだけでなく、口腔環境を整えることもできる点です。入れ歯もなく、噛み合わせもない環境で食べる訓練をしても十分な成果は出ませんが、歯科はそれらをトータルにみることができるのです。
もちろん、ほかの職種にも摂食嚥下障害について学んでいる方はいます。それでも、地域で口から食べることが難しくなったときは、まずは訪問してくれる歯科を探してみてください。
執筆者 五島 朋幸(歯科医師)
1965年広島生まれ。1991年日本歯科大学歯学部卒業。1997年に訪問歯科診療に取り組み始める。2003年 ふれあい歯科ごとう代表。博士(歯学)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授、日本歯科大学東京短期大学歯科衛生士科講師、東京医科歯科大学非常勤講師ほか。新宿食支援研究会代表。2003年よりラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」のパーソナリティーを務める。著書に『口腔ケア○と×』(中央法規出版)、『訪問歯科ドクターごとう① 歯医者が家にやって来る!』(大隅書店)など。(プロフィールは執筆時点のものです)
※本記事は、医療・介護の専門職による寄稿を当社編集部で再編集したものです。内容は執筆時点の情報にもとづく一般的な解説であり、症状や状況には個人差があります。具体的な判断は、かかりつけの医師・歯科医師・薬剤師などの専門職にご相談ください。




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