認知症の方が食事をしてくれないとき ― 「失認」「見当識障害」から考える3つの対策

執筆:稲山 未来(管理栄養士)
一生懸命作った料理を、母親に出した。
今日は母が得意だった肉じゃがだ。きっとおいしく食べてくれるに違いない。
でも、なぜか母は食事を目の前にしても、食べようとしない。
それどころか、箸を持って左の小皿にある肉じゃがをつまんでは、お盆の右端に移動させている。
「お昼ごはんですよ、食べてね」と声をかけても、その動きが止まることはない……。
さて、こんな状況を目にしたら、皆さんならどうされますか。
「食べたくないなら、食べなくていい!」「せっかく作ったのに、食べないなんて」と怒りが込み上げてきたり、悲しい気持ちになったりしますね。
では、このときお母さまの頭の中では、どのようなことが起こっているのでしょうか。認知症の方が抱える食の悩みを読み解いていきます。
食事の場面は、どう見えているのか
認知症の症状のひとつに「失認」があります。字のとおり、認識を失うということです。失認は認知症の方の多くにあらわれる症状で、場合によっては、この方のように「目の前の食事を食事と認識できない」という状態が起こります。
また、「見当識障害」といって、今の時間や自分のいる場所が分からなくなることもあります。
これらの障害を踏まえて考えると、このお母さまは、今が食事の時間であり、自分が食卓にいるという意識がないのかもしれません。そして、目の前にある食事を食事として捉えていない状態といえます。
では、なぜ肉じゃがを移動させることに一生懸命になっているのでしょうか。
お母さまの中では、今は「料理の時間」なのかもしれません。たとえば、もやしのひげ取りをイメージすると分かりやすいでしょうか。左側にあるもやしを手に取り、ひげがあるかを確認して、食べられないひげの部分を取り除いて右側に置きますね。もしかしたら、そのような作業をしているつもりなのかもしれません。
こうしたことが起こるのは、「失認」と「見当識障害」が関係しています。目の前のものを「食事」と認識できないため、一生懸命に頭の中で「目の前に置かれたものは何なのか」を考えます。その結果、食事ではない別の何かと勘違いしてしまうのです。それはもやしのような「食材」であることもあれば、「食べ物ですらないもの」や「子どもやペットのご飯」と考えてしまうこともあるかもしれません。
加えて見当識障害によって、今が食事を「食べる」時間ではなく「作る」時間だと考えていたり、寝る時間だと考えていたりすることもあるでしょう。
もちろん、どのように勘違いするかは、これまでの生活歴やその方の性格によって異なるので、一概に何に見えているとはいえません。ただ、少なくとも「自分が食べるべきもの」には見えていないということです。
食事を認識してもらうためにできること
介護者は「食事の時間だから」と食事を目の前に置いたけれど、当のご本人は、今が食べる時間だとも、目の前の物が食べ物だとも気づいていない――そんな状態です。
まず行うべきことは、今が食事の時間であり、目の前に置かれたものは食事であると気づいてもらうことです。
対策1:食べているところを見てもらう
イメージしてみましょう。行ったことのない国で、目の前に何かのお皿を出されたとします。異国の料理なので、どう見ても食事には見えない、ドロッとした何か。しかも今は食事の時間ではなく、寝る前の時間です。
「まさか食べるものではないだろう。もしかして、これで顔を洗うのかな?」――そんな状態と似ています。
そこで、目の前で現地の方がおいしそうにパクパク食べ始めたらどうでしょう。「なんと、この国の人は寝る前にこれを食べる習慣があるのか」と気づいたら、自分も食べてみますよね。
目の前でおいしそうに食事をしている姿を見てもらうだけでも、食事に気づくきっかけになるのです。
対策2:料理を手伝ってもらう
認知症の症状は不思議なもので、昔からずっと続けてきた動作は忘れずに覚えていることがよくあります。特に、長年家族の食事を作ってきた方には、料理の動きが体にしみついています。
そのため、食事が分からないという方でも、包丁を持っていただくと、現役顔負けのスピードと正確さで千切りをしてくれることもあります。
包丁を使うのが心配なときは、盛り付けだけでも手伝っていただくと、料理・食事モードに切り替わることがあります。昔からずっと行ってきた行動をきっかけに、今の状況を理解していただく方法です。
対策3:食事の気分になるまで待つ
男性に多いのが、仕事の時間と勘違いしてしまうケースです。一生懸命仕事をしているときに邪魔をされたら、誰でも怒りますよね。「社長と打ち合わせの時間だから、ご飯を食べている場合ではないんだ!」と言って食事をとらない方もいらっしゃいます。
そのような場合は、ひとまず今していることへの集中が切れるまで待つほうがよいこともあります。仕事の気分が落ち着いたときに、もう一度食事を勧めてみましょう。
食事は、必ず決まった時間に食べなくてはいけないわけではありません。気持ちが向かないときに、けんかをしてまで食べなくてはいけないものではないのです。あまり神経質にならず、その方の世界観に合わせてあげることも必要です。
大切なポイント:五感を活用する
認知症の方は、周囲の状況から、今の自分が置かれた状態を察することが苦手です。そのため、なるべく五感を活用することを心がけましょう。
視覚:食べているところを見る
聴覚:「おいしい!」という言葉や、野菜を切る「トントン」という音を聞く
嗅覚:料理のおいしい香りを感じる
味覚:まずは一口食べて、味わう
触覚:おにぎりなど手で食べるものから、食事を思い出す
そして何よりも大切なのは、私たちには理解が難しくても、その方なりの世界観があるので否定しないことです。
料理の時間だと思っているから料理をする、仕事の時間だと思っているから仕事に集中する。何も悪いことはしていません。今何を感じて、どんな世界が見えているのかを少し考えて、寄り添うことを心がけましょう。
食事は、おいしく楽しむものです。穏やかな食事の時間になるよう、少し工夫をしてみてください。
執筆者 稲山 未来(管理栄養士)
※本記事は、医療・介護の専門職による寄稿を当社編集部で再編集したものです。内容は執筆時点の情報にもとづく一般的な解説であり、症状や状況には個人差があります。具体的な判断は、かかりつけの医師・歯科医師・薬剤師などの専門職にご相談ください。




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