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入れ歯をあまく見てはいけない! ― 食支援の現場から③

執筆者の写真: 株式会社ネクスト 編集部
株式会社ネクスト 編集部
11 時間前
読了時間: 6分

執筆:五島 朋幸(歯科医師)

僕が訪問診療を始めたのは1997年です。見学で訪問医療に同行させてもらったとき、本当に驚きました。全員が入れ歯を使っていなかったのです。

当時の高齢者(明治40年代から大正一桁生まれの世代)は、現在の高齢者より歯の数が少なく、入れ歯の使用率も高かったはずです。それなのに、誰一人入れ歯を使っていませんでした。入院中に入れ歯を外され(外すよう指示され)、その後合わなくなってしまったからです。まだ経験の浅い歯科医師でしたが、本当に憤りを感じました。それから四半世紀が経つというのに……。

もちろん、歯科的にみて入れ歯を外しておいたほうがよいケースもあります。しかし、入院時に外されるのは、そうした理由からではないようです。これまで病棟で耳にしてきたのは、「危ないから」「管理が難しいから」「硬いものを食べていないから」といった言葉です。こうした誤解を歯科の側から解いていかなければ、問題は解決しないのかもしれません。

入れ歯は危ないのか?

今でも、入院先などで「入れ歯を入れておくと危ない」と言われることは多くあります。

もちろん、そもそも入れ歯が合っておらず、普段から正常に使えていないのであれば、無理に入れるのは危険です。これは論外です。また、部分入れ歯の中には、歯2、3本分くらいの小さな入れ歯があります。こうした入れ歯が何かの拍子に外れ、飲み込んでのどに詰まるような事故はあります。このような入れ歯であれば、入院期間中だけ外しておくという選択肢もありますし、それによる悪影響も大きくありません。

しかし、普段から正常に使っている総入れ歯や、大きな(歯の本数が多い)入れ歯を外す必要があるのでしょうか。必要がないばかりか、外すことによる悪影響も大きいのです。

歯がないと、どうなる?

在宅ケアの現場で、「硬いものを食べていないから、入れ歯は必要ない」という言葉を耳にすることがあります。皆さんはどう思われるでしょうか。もし「そうじゃないの?」と思った方は、ここで入れ歯の本当の意味を知っておきましょう。

顔の形が変わる

ある日、自分の歯がすべてなくなってしまったとしましょう。まず、顔の形が変わります。目から下に横じわがたくさんでき、明らかに噛み合わせのない顔つきになります。その後、唇のハリが失われ、口の周りにたくさんのしわができます。

舌の形と動きが変わる

変化は顔だけではありません。この状態が一定期間続くと、口の中でも変化が起こります。大きな変化は舌の形です。

ものを噛むときに中心となって動いているのは舌です。口に入った食べ物を奥歯の上に乗せたり、反対側に移したり、のどに送り込んだりするのも舌の役割です。しかし歯がなくなると、こうした動きがなくなり、食べ物を上顎に押し付けてつぶすだけの動きになります。すると、筋肉の塊である舌はシャープさを失ってブヨッとした形になり、動きも悪くなります。これにより食べ物をうまく移動させられなくなり、「噛む」ことができなくなるのです。

飲み込みの動きも悪くなる

さらに問題なのは、噛み合わせがなくなると、それと連動する「飲み込み」の動きも悪くなることが分かっている点です。いわゆるむせ込みや誤嚥も増えてきます。

また、想像がつくと思いますが、噛む力も低下します。しっかり噛む動きがなく、顎をふらふら動かしているだけなので、噛むための筋肉が弱くなるのです。さらに、顎の位置関係がずれてくることもあります。

つまり、歯がない状態を放置すると、形が変わるだけでなく、機能も低下するということです。だからこそ、入れ歯が必要なのです。

問題は、こうした変化が起きてしまってから入れ歯を入れても、すぐには元に戻らないこと。そして、戻らないまま、噛んで食べることができなくなってしまう方が多くいることです。

入れ歯を外しておくと……

これは実際にあった例です。上下とも総入れ歯を使っていた方が、入院してすぐに病院で入れ歯を外されてしまいました。その後、転院などもあり、在宅に戻るまでの数か月間、入れ歯は外されたまま。その間はずっと流動食でした。

退院後、訪問歯科としてご自宅にうかがい、まずはそれまで使っていた入れ歯を入れてもらおうとしましたが、ご自分では入れられないのです。唇が萎縮してしまい、以前は普通に入れていた入れ歯が入りません。僕が何とか入れてみましたが、ひどい出っ歯の状態になってしまい、ご本人も痛いと言います。

その後、入れ歯の外形をひと回り小さくして何とか入れられるようにしましたが、それでも出っ歯の状態。その状態で噛んでもらうと、上下の歯がすれ違うほどずれていました。これが「入れ歯を外す」ということなのです。

ちなみにこの方は、まず入れ歯を入れる練習から始め、2週間ほどで出っ歯の感じはなくなってきました。噛み合わせのずれもだいぶ修正できました。しかし舌の動きが悪く、ものを食べようとすると下の入れ歯を押し出すような動きが出てしまいます。普段は流動食をとりながら、入れ歯を入れておせんべいを食べる訓練を続け、半年ほどで以前の食生活に戻ることができました。ただし、このように元に戻れる例はまれです。

入れ歯の本当の価値

前述のとおり、これは数本の小さな入れ歯の話ではありません。総入れ歯や、大きな(歯の本数が多い)入れ歯の話です。

口の中に健全な歯が20本以上あれば、口の機能はある程度高く維持されることが分かっています(「8020運動」の根拠になっている考え方です)。つまり、健全な歯が20本ない方の話です。

入れ歯は、口や口の周りの正しい環境を保ち、口の機能を維持するために入れておくものです。決して、硬いものを噛むためだけにあるのではありません。やわらかいもの(流動食など)しか食べていないからといって入れ歯を外しておくと、間違いなく飲み込みの機能は落ち、誤嚥(食べ物などが気管のほうに入ってしまうこと)をしやすくなり、誤嚥性肺炎のリスクも高まります。

皆さん、いかがでしたか。なぜ入れ歯を入れておくのか、お分かりいただけたでしょうか。不用意に入れ歯を外さないようにしましょう。

執筆者 五島 朋幸(歯科医師)

1965年広島生まれ。1991年日本歯科大学歯学部卒業。1997年に訪問歯科診療に取り組み始める。2003年 ふれあい歯科ごとう代表。博士(歯学)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授、日本歯科大学東京短期大学歯科衛生士科講師、東京医科歯科大学非常勤講師ほか。新宿食支援研究会代表。2003年よりラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」のパーソナリティーを務める。著書に『口腔ケア○と×』(中央法規出版)、『訪問歯科ドクターごとう① 歯医者が家にやって来る!』(大隅書店)など。(プロフィールは執筆時点のものです)

※本記事は、医療・介護の専門職による寄稿を当社編集部で再編集したものです。内容は執筆時点の情報にもとづく一般的な解説であり、症状や状況には個人差があります。具体的な判断は、かかりつけの医師・歯科医師・薬剤師などの専門職にご相談ください。

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